TERRA
偽伝承〜語られざる虚言〜伝承之壱

その日は雨が激しく降っていた。
私は師匠に使いを頼まれ、その仕事も無事終えて帰路についていた。
雨に濡れるのを嫌ってか人通りも少なく、辺りには雨の音だけが響いていた。
「まったく、師匠もこんな日にお使い頼まなくっても良いのにな…。」
私は師匠への恨み言を言いながらも、雨の中を小走りに家への帰路を急いでいた。
家と家の隙間で壁に寄りかかって、雨露をしのいでいる彼女に出会ったのは、
ちょうど帰路を半分くらい進んだ所にある広場にさしかかる直前だった。
彼女は、雨に濡れながらもどことなく優雅とも、神秘的とも取れる雰囲気を纏っていた。
「あの、どうしてこんなところで?」
彼女の雰囲気のせいか、私はつい彼女に話しかけていた。
いや、話しかけずにはいられなかったのだ。
「語るべき相手に…真実を伝える為に…。」
「真実?」
私がそう問いかけるのを待ってたように、彼女は私に、1つの物語を聞かせてくれた。



「刀できてます!?」
パグアと言う島国の片隅、
ある刀鍛冶の工房に一人の少女が飛び込んで来たところから話は始まる。
一瞬少年かと間違えるかもしれないが、れっきとした少女である。
少女は緑髪に緑目、着ている物から装飾品に至るまで、
身に着けている物の殆どが鮮やかなエメラルドグリーンで統一されていた。
「あのなぁ、刀を打つってのは時間がかかるんだ。
それに、刀身が緑だなんて言うのは、俺だからできるのであって、普通の刀鍛冶にはまず無理だ。
しかし、今うちには刀身を染める為の特殊な染料がまったく無い。これじゃ打ちようが無い。」
そこまでまくし立てると、刀鍛冶はため息をついた。
「この足さえ挫かなかったらなぁ…。そうだ、あんた取ってきてくれんか?もちろんその分割引してやるぞ?」
「はあ、しかたがありませんね、それはどこにあるんです?」
いかにもしかたないなぁと言うしぐさをすると、少女は入り口に向かって歩き出した。
「ここから北にしばらく行った所にある山だ。どれが染料かはうちの鴉達が知っとる。
好きな奴を連れて行くと良い。あと、丸腰じゃなんだから、そこにある刀を貸してやる。」
少女はそこらに無造作に置いてある刀の1つを掴むと、工房を後にした。
そして、工房の外で連れて行く鴉(背中が反射して緑に光ったと言う理由で選んでいたが)を選ぶと、
鴉の導くままに、染料のある山を目指した。

しばらく街道を歩いて行くと人が倒れていた。道のど真ん中にである。
「大丈夫ですか?」
少女は倒れている人に声をかけると、さも当然のようにその人物が持っている杖を盗ろうとした。
素晴らしい性格である。例え、丘シャチの群れに囲まれていたとしても平然と盗ろうとするとは…。
そう、今や二人は、丘シャチと呼ばれるモンスターにすっかり囲まれていた。
だが、少女が杖に手をかけようとした瞬間、すっと杖が振り上げられたかと思うと、ものすごい爆音と共に、
辺りの丘シャチどもを巻き込んで(もちろん少女も巻き込まれた)、巨大な爆発が巻き起こった。
爆発がやんだ後には、しっかりと焼けた丘シャチの山ができていた。
「う〜ん、私はもう少しレアな方が好みなんですが…。」
爆発に巻き込まれた事はすっかり忘れたかのように、少女は丘シャチの丸焼きに齧り付いていた。
みると、行き倒れの方も食事をはじめている。どうやら、ただ腹が減っていただけらしい。
一通り食事を終えると少女は行き倒れに手を差し出し自己紹介をはじめた。
「私はフェルティア=ルーンフェルトと言う者です。フェルと呼んで下さいね。」
「そうですか…。よろしくフェルさん。」
しばしの沈黙…。二人の間を冷たい風が通り過ぎる…。
「あっ、本当はリース=サテライトと言うんですよ。」
どうやら嘘だったらしい。あまりに素直に信じられたので、少女…いや、リースはつい本当の名を教えてしまった。
「そうなんですか…。私はバルス…。バルス=グリーンフォレストと言います。よろしく…。」
騙された事をまったく気にしていないかのように、行き倒れ…バルスは名乗った。
「で、何故倒れていたんです?」
リースが尋ねると、バルスは空腹で倒れていた事から、目的地まで素直に喋った。…ぼそぼそと。
「そうですか、では方向は一緒ですね、一緒に行きましょう」
「うはっ」
こうして、二人は共に旅をする事になった。



「今日はここまでにしておきましょう…。」
吟遊詩人はそう言うと、町の外れに向かって歩き始めた。
既に雨はやんでおり、日もすっかり暮れていた。
「あの…」
私が声をかけると、
「明日、またここで…」
とだけ言うと、吟遊詩人は夜の闇へと消えていった。
「あ、いけない、もうこんな時間!!」
その時になって日が暮れたことに気付いた私は、あわてて家へと向かった。
その日はやはり師匠にこっぴどくしかられた。
その日の料理当番は私だったのである。

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